Inkscapeで私鉄風架空方向幕を作る
はじめに

方向幕における文字の出力方法は、(A)写植など、フォントとして完成された文字群を用いる方法(営団、京成など)と、(B)方向幕のコマごとに都度デザインする方法(国鉄と多くの私鉄)に大別されます。また、方向幕に使われる書体は、(1)角ゴシック(営団など)、(2)角丸ゴシック(国鉄および一部私鉄)、(3)丸ゴシック(多くの私鉄)に大別されます。このうち、出力方法(A)については、使用されているフォントそのものを探し出せば、ほぼ同じ物を作ることが可能です。一方(B)の場合は、オリジナルが方向幕の現物のみに存在することから、何らかの方法で創作することが必要です。(b)のうち、(2)の角丸ゴシックについては、「国鉄方向幕書体」が公開されたことにより、作成がかなり容易になりましたので、ここでは残りの多くを占める(3)を簡単に作成する方法を考えたいと思います。しかし、この(3)については、「似ているフォント(アウトラインフォント)を作る、探す」というアプローチでは限界があります。それは以下の理由によります。


当サイトで公開しているアウトラインフォント「丸ゴシック体」について考えます。このフォントには、ベースラインが不揃いである、文字数が少ないといった問題がありますが、今後この点をいくら洗練、拡充しても、アウトラインフォントの構造上、実際のところ方向幕の作成には向かないのではないかと思います。上図の(a)は「丸ゴシック体」で「羽田空港」と打ったときの様子です。文字が正体の場合にはこのままで問題ありません。しかし、方向幕は枠のサイズが決まっているため、表示内容によって文字が変形されることがよくあります。文字が長体の場合、(a)を単純に縮小すると(b)のようになりますが、実際の方向幕では、cのような全く異なる字形に変わります。この変化をアウトラインフォントで再現しようと思うと、結局文字全体を作り直すのに匹敵する作業量となってしまい、現実的ではありません。ここに挙げたのは極端な例ですが、同じ文字でも形が違うことはよくあり、アウトラインフォントでの作成には無理があります。

ここで(b)に対する(c)の特徴を考えると、(1)長体になっても、縦画と横画の太さが同じ。(2)各文字の中で、特徴的な部分に多くのスペースが割かれ強調されている(この変形が容易である)。という2点が挙げられます。これは、CADなどで使われるストロークフォントに近い特徴です。従って、方向幕風のストロークフォントが公開されれば、私鉄風方向幕が簡単に作成できると言えます。しかし、現在パソコンで使われているフォントはアウトラインフォントが殆どです。ストロークフォントは一部で公開されてはいるものの、使用は基本的に専用のソフトに限られ、テキストエディタや画像編集ソフトで、必要な文字を簡単に呼び出せるような状態に展開することは困難です。以上のことを勘案し、ここでは「画像編集ソフトのパス(ストローク)機能を用いて文字を作成後、長体/平体の場合にそれらしく字形を調整」という方法を提案したいと思います。

架空方向幕作り


前置きが長くなりましたが、上記の方法に従い、本題の方向幕作りにかかりたいと思います。上図は、この方法による架空の方向幕の作成例ですが、実物の方向幕を再現するのにもこの方法が使えます。ここでは、様々なパソコンで動作する無料のドローソフト「Inkscape」を使っています。


最初にそれぞれの文字を、ペンツールで作成していきますが、何もないところから整った文字を作るのは困難です。そこで、まずは既存のフォントをお手本に、必要な文字種を一通りを作成しておきます。この際お手本にするフォントは、角ゴシック体が望ましいと思われます。丸ゴシック体や明朝体その他の場合、既に各フォント毎の特徴が色濃く表現されており、後で字形を調整しても元のフォントの特徴がなかなか抜けません。(d)のように必要な文字を書き出し、ペンツールで全ての字画をなぞった後、字画の太さと端の形状を調整します。今回は、長体になる文字についてはお手本の時点で長体としておき、縦画と横画を同じ太さのストロークでなぞっていますが、最後に紹介するように、正体で作った文字を長体や平体にすることも可能です。


(e)は全ての字画をなぞり終わった段階です。この時点では、まだ元のフォントの特徴がそのままで、端部が丸くなっただけの状態です。ここから、「ふところ」「ゲタ」「重心」を調整することで独自色を出していきます。「ふところ」「ゲタ」の意味は上図の通りです。また、丸ゴシック体を使った実物の方向幕における「ふところ」「ゲタ」「重心」の様子を乱暴にまとめると下表のようになります。東急をはじめとする各社は、大体似たような字形となっていますが、京急と小田急だけは違ったこだわりがあるようです。

京急東急(標準)小田急
ふところ
ゲタ
重心
※ゲタ「有」の場合でも文字によっては省略される


今回は、「標準」路線を目指して先程の文字を調整します。文字がストロークで構成されているため、特定の字画(ノード)だけを移動するような編集が容易です。上図は調整例で、調整前を水色、調整後を黒で示しています。ふところを拡大、ゲタを消去し、重心を下げたことが分かると思います。また、全てを調整した状態を(f)に示します。私鉄の方向幕書体に特有の、何となく拙い感じが表現できたのではないかと思います。(g)では配色も私鉄によくある白抜き文字としてみました。
文字の変形


最後にストロークフォントならではの文字の変形例を紹介します。文字をストロークで作っておくことで、「長体や平体でも縦画と横画の太さが変わらない」という私鉄風方向幕の特徴を活かしたまま、文字を拡縮することができます。ここでは、最初に作った文字をもとに、前面用、側面用、英字の有無を想定していろいろな割り付けの表示を作りました。


これまた私鉄によくある折返し運転用の方向幕を作成します。左図は最初に作った文字の横幅のみを縮めて作った物です。単純な縮小では潰れていたり、無駄な空白を生じている箇所が散見されるため、ノードをずらしたり、どうしても無理な箇所は省略して右図のように調整しました。
おわりに

最近、多くのマニアックなフォントが公開され、昔ながらの味のある書体を、画面上で誰でも簡単に楽しめるようになりました。数年前までは考えられなかったことで、フォント作成者の方には頭が下がる思いです。一方で、こうした書体もデジタル化した時点でフォントはフォントですので、安直にあちこちに使用してしまうと却って画一化を招くことも考えられます。今回ご紹介した方法は、各自で調整することが必須のため、一手間余計にかかることは確かですが、成果物は唯一無二であり、例えば架空鉄道の場合などは、その鉄道ならではの雰囲気を表現する一助になるのではと思います(既存フォントをなぞった場合、どこまでオリジナリティを主張できるかという問題はありますが)。以上、長々と述べましたが、やっていることは非常に簡単ですので、興味のある方はお試し下さい。
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